東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)142号 判決
一 原告主張の請求原因事実のうち、特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲および審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告の主張する取消事由について検討する。
(一) 取消事由(一)について
原告は、本願発明の特許請求の範囲にいう「固定子に設けた環状体」とは、固定子に設けられた集電子部分の断面ほぼU字状をなす円形環をいうものであり、この円形環内側凹部内に電機子周面から半径方向に突出して断面がほぼ方形をなす電機子集電器を受入れるようにしたものをいう旨主張する。しかし、当裁判所は、「固定子に設けた環状体」を原告主張のようなものと解することはできない。その理由は、次のとおりである。
1 当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲によれば、「固定子に設けた環状体」について、特許請求の範囲において、「ポンプの固定子として……作用するようにして構成し」「液状金属が遠心力と磁力により軸方向に偏位された場合に……この偏位した液状金属を受け回転しつつある集電器と接触するように戻」すべきものと記載されており、その他の記載はない。この記載のみから解すれば、特許請求の範囲にいう「固定子に設けた環状体」とは、液状金属が遠心力と磁力によつて軸方向に偏位された場合に、ポンプの固定子としてこの偏位した液状金属を受けこれを電機子集電器と接触するように戻す作用を奏するものであれば足りるということになろう。また、これを電機子集電器との関係においてみても、当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲においては、「電機子集電器」については、ポンプの「回転子として作用するように構成し」「電機子回転の際……電流移動室の液状金属にある速度を附与」すべきものと記載され、また、この「ポンプ」については、さらに、「液状金属と電機子ならびに固定子との全面的接触を補助するような圧力ヘツドが電流移動室中に確立されるように構成」すべきものと記載されている。そして、回転体に接する液体が遠心力によつて外方に加速偏位されることは原告も自認するところであるから、この事実によれば、電機子集電器が電機子周面から半径方向に突出していなくても、これら各要件を充しうるものというべきである。したがつて、この記載のみからでは、電機子集電器が電機子周面から半径方向に突出して断面がほぼ方形をなす形状のものであるということはできず、固定子に設けた環状体が電機子集電器を受入れるようにしたものであるということもできない。
2 原告は、本願発明の要旨は明細書に記載された発明の詳細な説明の記載をも参酌してこれを解釈すべきところ、この記載中には特許請求の範囲にいう「固定子に設けた環状体」についてこれを原告主張のごとく解釈する根拠となる数々の記載が存在する旨主張する。そこで、以下に発明の詳細な説明の項の記載をも参酌してさらに検討を加えることとする。
(1) 成立に争いのない甲第二号証によれば、本願特許公報二枚目右欄二一行以下に「本発明の最も重要な部分は固定子および回転子の集電子の設計に使用した原理および構造である」旨の記載があることが認められる。しかし、前記甲第二号証によれば、ここにいう「原理および構造」については、この記載につづいて「本発明は固定子および回転子上の共動部分が空隙または電流伝達室内に希望する量および圧力の液体を維持すると同時に運転中粘性および電気的損失に基く吸収熱を取去るよう希望量の金属を冷却方式を通じて循環させるに必要な液状金属の供給および戻り通路を提供するポンプ作用を行うごとく集電子を設計することにより従来の発電機の望ましからざる特性を無くする。」と記載されていることが認められる。この記載ははなはだしく具体性を欠くものであるが、同号証によれば「本願発明の固定子および回転子の集電子の設計に使用した原理および構造」についての説明は、この記載部分で終つているものと認めるほかはない。前記甲第二号証によれば、本願公報一枚目左欄三五行から右欄二行までに本願発明の目的について説明があり、ついで、同三行より二三行までに本願発明の構成について説明がされてあるが、その記載は、特許請求の範囲の記載とほぼ同文であり、他に何らの説明をも加えていないこと、そして同五四行以下においてただちに実施例の説明に入つていることを認めることができる。してみれば、ここにいう「原理および構造」は、特許請求の範囲に記載されたもの以上に出ないと考えられる。
(2) また、前記甲第二号証によれば、公報二枚目右欄三二行以下に原告主張のごとく集電器の構造について説明があり、その記載のうち「固定子集電子88」は、「固定子集電子86」の誤記と認めることができるけれども、前記甲第二号証によれば、本願特許公報二枚目左欄二三行には図面第一図、第二図の説明に関して「本実施例では云々」との記載があるのみならず、公報四枚目左欄二行から三行にかけて「固定子集電子86の特殊構造を示したが他の形状および材料をも使用し得ること明らかである」旨の記載、同一五行から一七行にかけて回転子および固定子の集電器について「液体を加圧すると共に両表面間に全面接触を維持する作用を行う他の形状を用いうること明らかである。」旨の記載、同三六行から四二行にかけて「電流伝達室内に圧力を設定し、そして冷却器を経て循環する希望のポンプ作用を得るために各部の多くの異なる設計および形状を用いうる。本発明の要旨は空隙を横切つて有効に電流を伝達するために電流伝達室内の液体を加圧する構体を提供することである。従つて前述のポンプ作用を行うために異る設計の環または他の構体を用いうる。」旨の記載があることが認められ、前記公報二枚目右欄三二行以下の集電器に関する記載は、添付図面についての説明であつて、単なる実施例の記載にすぎないものというべきである。
(3) 原告は、公報四枚目左欄一〇行から一三行までの「回転子および固定子の集電子は必ずしも真直ぐの切れ目のない相隣る表面を有しなくとも良い。集電子の中央部に円周方向の溝を設けうる。」の記載、同四一行から四四行までの「従つて前述のポンプ作用を行うために異る設計の環または他の構体を用いうる。さらに回転子集電子の露出面を必ずしも軸と同心的の平面内に置く必要はなく、他の形状と成しうる。」の記載からも、回転子の集電器が回転子の他の周面部分から突出していることが本願発明の構成となつていることをうかがうことができる旨主張する。しかし、前者は、回転子および固定子の相隣る表面に溝のような切れ目があつてもよいことを述べるものであり、後者は、回転子集電器の露出面が軸と同心的平面内に置かれなくてもよいことを意味するにとどまり、これらの記載をもつて本願発明の構成を原告主張のようなものと解することはできない。
3 原告は、審決が本願発明の要旨における環状体をもつて固定子集電器内周面の電流伝達室付近に設けられる円形環(本願特許公報第二図の92)と解している旨主張する。しかし、当事者間に争いのない前記本件審決理由の要点によれば、審決は、「固定子に設けた環状体」を特許請求の範囲記載のとおりのものと認定しているのであつて、必ずしも原告主張のような「円形環」に限ると認定しているものとはいいがたい。したがつて、原告の主張は審決を正解しないことに基づくものというべきである。しかし、念のため付言すると、前記甲第二号証によれば、本願明細書においては円形環92をもつて或いはポンピングリングと呼び、また、公報三枚目左欄一七行から二三行までに「遠心力および磁気力は液状金属を室の反対側に向つて軸方向に押しやる傾向があり、普通この作用は圧力を減少して液体内に空所を作る。しかしながら押しやられた液体を集めてこれを回転子の集電子の側面の方へ送り返して接触させる円形環92によつて圧力が維持される。この回転子の集電子は液体を電流伝達室へ戻す。」と記載されていることが認められる。これらの記載に成立に争いのない乙第一号証から同第三号証までの記載を参酌して考えると、円形環92は、固定子集電器内に設けたものではあるが、それはとりもなおさず、「固定子に設けた環状体」の少くとも一実施例と解して妨げない。
4 以上述べたところから明らかなように、本願発明の構成のうち「固定子に設けた環状体」をもつて原告の主張するような「固定子中に設けられた集電器部分の断面がほぼU字状をなす円形環」であると解することは到底できない。この認定に反する成立に争いない甲第五号証、同甲第七号証の一の記載も、単に発明者その他の者の主観的意図を示すにとどまり、これらの各記載をもつてしても前記認定をくつがえすに足りず、他にこの認定をくつがえすに足りる証拠はない。したがつて、このような構成であることを前提に本件審決の違法をいう原告の主張は理由がない。
(二) 取消事由(二)について
審決は、本願発明における環状体をもつて円形環92に当ると認定しているものではないこと前記認定のとおりである。また、本願発明の構成に関して、原告主張のごとく「電機子の集電器部分は、電機子円筒の円周面から外方に半径方向に延びた環からなつているのであつて、電機子集電器部分は全体的外径を超え、それより大きな直径を有しており、これに対比して、固定子の集電器部分は、右突出した電機子集電器を受け入れられるような断面U字形の陥没部からなること」を必須の要件とするものでないことも前記認定のとおりである。
してみれば、原告の主張は、本願発明の構成に基づかない構造のものをもつて本願発明の構成要件に当るとする誤つた前提に立つて、本願発明と第一引用例とを比較し、審決の判断を違法とするものであつて、その理由がないこと明らかである。
三 以上の次第で、本件審決には原告主張の違法はない。よつて、原告の本訴請求は失当であるから棄却する。